明治天皇が怒った 伊藤博文の女好き伝説

初代内閣総理大臣である伊藤博文は天皇家ととても所縁が深い人物。例えば、当時皇太子であった大正天皇が小学校に入学した時、伊藤博文が鞄を献上。それが現在のランドセルの原型と言われている。

初代総理大臣・伊藤博文は明治天皇に怒られた事がある。現在の憲法のもとになっている大日本帝国憲法や東京大学などを作りあげた伊藤博文が何故、明治天皇に怒られたのか。

伊藤博文は明治天皇からの信頼はとても厚かった。ただ一つちょっと悪い癖がある。それはめちゃくちゃ女癖が悪いという事。はいては捨てはいては捨てみたいな感じで女性をコロコロ変えていたのでついたあだ名が「ほうき」。

そしてあまりにも女遊びが過ぎて様々な噂がたったので、さすがに明治天皇も「ちょっとお前やり過ぎじゃないか。」と珍しく怒ったというのはかなり有名な話。

伊藤博文の凄かった所は天皇に怒られたら普通大人しくなりそうなものだが、「自分は堂々としているが、自分の事を非難する人間も陰で色々やっている。だから自分はこれからも好きにやっていく。」と突っぱねた。

伊藤博文は1841年の旧暦の9月2日生まれ。1909年に韓国の安重根という人物に殺害されるが、安重根も奇しくも9月2日生まれである。ちなみに林修も9月2日生まれである。

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