昔、甲子園球場でスキージャンプの大会が行われた

スキージャンプ界のレジェンド葛西憲明選手が出題。

41歳で7度目の出場を果たした2014年のソチ五輪。様々なプレッシャーを跳ね除け、見事銀メダルを獲得。スキージャンプの最年長メダル獲得と共に悲願の表彰台に立ったその姿はまさに伝説。日本中が興奮と感動に包まれた。

スキージャンプの歴史はとても古い。そもそもスキージャンプ競技は1840年頃、ノルウェーのテレマーク地方が発祥と言われている。このテレマークという言葉は聞いた事があるだろう。

スキージャンプで着地する時の両足を前後にずらす姿勢をテレマーク姿勢と言うが、これはテレマーク地方の人達が昔からこの着地スタイルをしたいた事に名前の由来がある。

また、スキージャンプの飛行姿勢。最初は直立不動で飛んでいた。その頃の記録は20~30mでgennzainoラージヒル世界最長下側記録は152mで現在の5分の1程の距離しか飛んでいなかった。

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1930年代、ノルウェーの選手達が考えたある飛行姿勢で飛距離が飛躍的に伸びた。それは手をグルグル回して飛ぶ方法。これだけで飛距離は10m近くも伸びた。

その後も1950年代にはフィンランドスタイルと言う深い前傾姿勢で飛ぶスタイルが確立。考案したのはフィンランド人のヒバリーネン選手。

他にも競泳の飛び込み同様に両腕を前方にのばすレックナーゲルスタイルなど度重なるルール改正に合わせて飛び方の試行錯誤はなされ、スキージャンプ競技は今日まで進化した。

そしてここでそのスキージャンプに関する問題。

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甲子園球場では昔、スキージャンプが出来た。高校野球の聖地としてお馴染みの甲子園球場でスキージャンプが出来たとはどういう事だろうか。

要はスキーという競技を雪の多くない地方にも普及させる為に行われた。ただあまりにも費用がかかり過ぎる為にすぐにやめる事になった。

この甲子園スキージャンプ大会に運搬された雪はなんと900トン。その膨大な労力とコストに見合わなかった為、翌年以降は行われる事はなかった。

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